黒酢の歴史

 

鹿児島県霧島市福山町は、支那・朝鮮半島・琉球と貿易が行われていて、様々な各地の産物が入ってきて宮崎県へと流れて行く中間地点としての貿易港として古くから大変な賑わいを見せていました。

文政3年(1820年)今から180年前程前に遡ります。中国からきた一人の商人が福山の"竹之下 松兵衛"氏に米で酢が出来ると言う事を教えたのが始まりだと伝えられています。当時は、この酢の事を『アマン』と鹿児島の人は呼んでいたそうです。その理由は、中国の福建省に『アモイ』と言うところがあり、アモイ港は、米の集積地で、それで米から酢を作ることが盛んに行われていたと伝えられています。きっと福山に酢作りを伝えた商人がアモイの人だったのでしょう。『アモイ』という言葉がきっと訛って『アマン』と呼ばれるようになったと思われます。

現在では、『くろず』と呼ばれ健康食品としての地位を確立し、多くの人々に親しまれています。また、鹿児島県で黒酢作りが盛んであるのは、原料である米、きれいな天然の水が豊富にあり、気候的にも酢作りに適していたからでしょう。


黒酢が出来るまで
 
1.さつま黒酢
国産の良質な麹、玄米、鹿児島の天然水を使用し、古来より伝承のかめ壷仕込みによる醸造方法で、発酵、熟成に1年以上かけ丹念に仕上げました。
かめ壷仕込みならではのこくのある風味を皆様にお届けいたします。
 
2.紫黒米黒酢
麹米・蒸し米・振り麹全てに『国産有機紫黒米』を使用。
古来より伝承のかめ壷仕込みによる醸造方法で発酵・熟成に一年以上かけ丹念に仕上げました。
紫黒米ならではのまろやかで芳醇な香味を皆様にお届け致します。